本日の事例は、40代・独身のUさん。
聡明かつ活動的でユーモアのある方で、フルタイムで働いています。
アイホージュを立ち上げた年に、他のお客様からの紹介でおいでになり、一年に一度ほどのペースでEFTに取り組んでいました。
あることを機に「このままではいけない」と一念発起。
そこから数年間、EFTセッションを受けながら、「自分らしい生き方」を確立なさいました。
彼女がやっていたのは、ヒト・モノ・コトを変えて顔を出す、幼い頃に身に着けた「我慢は美徳」いう他人軸の癖にアプローチしつつ自分軸への軌道修正を積み重ねること。
本記事を読むとわかること
- EFTセッション前の「やりたいことをやるためにまずは我慢する」というUさんの他人軸が及ぼす影響
- 他人軸を積み重ねている場合は、やりたいことをやれるようになるだけでは足りない
- Uさんの感想を通じて、EFTタッピングを積み重ねたことで生じた変化
Uさん、事例の紹介の許可を下さり、ありがとうございました。
やりたいことやるためにまずは自分が我慢をする
Uさんは、幼い頃に、周りの大人から「我慢は美徳」と教わりました。
これが、成長し、大人になった彼女を苦しめる、ヒト・モノ・コトへの対応方法となっていたことを、EFTタッピングに取り組む前のUさんは知る由もありません。
Uさんにとっての我慢は美徳とは何だったのか
EFTタッピングを使って、Uさんの感情や思考をありのまま認め、掘り下げるうちに、Uさんの言う我慢は美徳とは、具体的にどういうことなのかが見えてきました。
「自分のやりたいことをやる」ために、どうすればいいのかを考えた幼い頃のUさん。
まずは相手の言うことを聞こう。
そうすれば、自分のやりたいことをやっても文句を言われない(そっとしてもらえる)はず。
小さい頃から「自分がどうしたいのかを実現すること」を考えていたのです。
なので、周りの指示に対し、何かしら違和感や思うことがあっても、まずは黙って言われた通りに行動するよう努めていました。
やりたいことをやるために、まずは自分が我慢する。
これが、彼女にとっての「我慢は美徳」であり、他人軸による対応方法です。
そうすれば、自分のやりたいことをやっても、周りから文句を言われない(そっとしてもらえる)はず、だからです。
我慢は美徳という教えと現実との違い
でも、現実は違いました。
いくらUさんが、「我慢は美徳」と捉えて、周りから言われた通りに動いても、そっとしてもらえませんでした。
「自分のやりたいことをやるために」言われた通り、行動する彼女に対し、周りの人達は、Uさんに求めたことや話した内容などをすっかり忘れたかのように、その時の気分で、思いついたことを口に出すのです。
「相手に言われた通りにやっているはず」で「そっとしてもらえるはず」で「やりたいことがやれるはず」なのに、実際は周りの人たちが、あれこれ言い出すので、幼いUさんは困惑するばかり。
そうすると、彼女はまた自分が何か間違っているのかもと思い、言われた通りにやろうとする訳です。
このようなことが続いた結果、言われた通りにやって、口出しをされる時、Uさんは周りから「お前は間違っている・ダメ人間だ」などと言われていると感じるようになったのです。
Uさんの内側で起きていることを、彼女も周りの大人たちも、知りようがありませんでした。
そのためUさんは、自分のやりたいことをやるために、ヒト・モノ・コトを変えながら、この他人軸による方法を積み重ねて成長しました。
【我慢すればうまくいくはずなのにうまくいかない】と【欲望に忠実】
EFTタッピングに取り組み始めた時、Uさんはこのようなことを仰っていました。
(我慢すればうまくいくはずなのに)うまくいかない。
なぜうまくいかないのかがわからない。
私、自分の欲望に忠実なんです。
我慢しているのに欲望に忠実ってどういうこと?
冒頭で述べた通り、私・伊藤が、Uさんに初めてお会いしたのが、アイホージュを立ち上げた年だったので、彼女の相反する発言が何を意味しているのかは、この時点ではわかっていなかったのです。
でも、Uさんに生じた悩みに伴う、ネガティブな感情や思考、言動などを、EFTタッピングの手法を使ってありのまま認め、掘り下げるのを積み重ねるうちに、彼女の中で、何が起きているのかがわかってきました。
我慢は美徳はうまく行かないと感じて当然
大人になったUさんが、「我慢は美徳」という方法を「うまくいかない」と感じるのも当然です。
なぜなら、この方法は、彼女にとって何のメリットもないからです。
Uさんは、「自分のやりたいことやっても文句を言われない」よう、対人関係において違和感があっても「周りに言われた通りに動く」ことに
- 時間
- 労力
- お金
を費やしていました。
そのため、いつも周りに意識を向けているので、自分軸の「自分はどうしたいのか」を尊重したり、「自分と周囲の尊厳を守る」方法を身に着けたりする機会を失っていました。
これにより、周囲に対して、伝える必要のあることが伝わらない状態になっていました。
これが思いもよらない対人トラブルに発展したり、反対にトラブルへと巻き込まれたりする原因となっていたのです。
また、周りの言う通りに動いている時に、「自分とは異なる、相手の意見」を言われると
- 責められている
- 怒られている
- 自分を否定されている
- わかってもらえない
- 文句を言われている
- ダメ人間だと言われている
などと感じて傷つき
- 自信
- 存在価値
- 居場所
- 自己肯定感
などを失い、自分はダメ人間だ、自分が間違っているなど感じる結果に至っていたのです。
この状態は、Uさんが持っている力や本来の持味などをうまく出せないことを意味します。
自分がどうしたいのかに沿って必要な対応が取れなくなるので、周りの言動によって自分を振り回し、忙しい割に生産性が低くなったり、自分や周囲を知らず知らずのうちに傷つけたりして、幸福度も低くなる傾向があるのです。
だから「我慢は美徳」を実行したUさんがうまくいかないと感じている通り、この方法ではうまくいかないと自ら気づく必要があるのです。
自分の欲望には忠実とはどういうこと?
「自分の欲望には忠実」と仰る通り、Uさんは、仕事の関係で、ご自身の望むタイミングで休みを取るのが難しいと感じていても、やりたいことがあればやる。
行きたい所があれば行くし、会いたい人がいれば会いに行くし、買いたいものがあれば買う。
職場などで我慢をすることはあっても、やりたいことはやっている。
欲望に忠実という彼女の思考や言動などを、EFTタッピングを使って掘り下げると、下記のようなことが起きていて、「我慢は美徳」の影響が及んでいたのです。
- 文句を言われないよう隠れてやりたいことをやる
- 楽しむために出かける時、周りから文句を言われないよう何も告げずに出かける
- 楽しみために出かけた先で、罪悪感を覚えて心から楽しめない
- 周りの人達が皆、楽しそうにしているのを見て、どうして自分は・・と思うことがよくある
- やりたいことをしようとするとジャマが入る
前述していますが、Uさんは、周りの指示に対し、何かしら違和感や思うことがあっても、黙って言われた通りに行動していました。
そうすれば、自分のやりたいことをやっても、周りから文句を言われない(そっとしてもらえる)はずと思っていたからです。
でも、実際は、周りにあれこれ言われて、自分は間違っているとか、自分はダメ人間だなどと思うようになりました。
彼女の中では「自分は周りから文句を言われるダメ人間なのに、やりたいことをやっている」のだから、楽しむことも間違いだし、罪悪感も湧いて当然。
隠れてやれば、周りから文句を言われないと感じるのも自然なことなのです。
やりたいことをやっているはずなのに、我慢は美徳という他人軸の影響が、Uさんについて回っていたのです。
やりたいことがやれるようになるだけでは足りない
周りの人には、Uさんの内側で何が起こっているのかを知ることはできません。
そのため、仮に、周りの人が「やりたいことがやれるならそれでいいじゃない」「やりたいことができていいね」と言う場面に出くわすこともあるかもしれません。
でも、他人軸を積み重ねている方の場合、やりたいことができているだけでは足りないのです。
なぜなら「我慢しようが、やりたいことをやろうが、自分はダメ人間で、間違っている」と言う思いがUさんの中で蓄積され、それが彼女にとっての事実となっているからです。
これが事実となると、彼女は「我慢は美徳」の対応を積み重ねるしかなくなります。
一回、一回の「我慢は美徳」の対応の影響は、大したことがないと感じます。
でも、ヒト・モノ・コトを変えながら長期に渡り、この対応を積み重ねると、その影響は自分や周りのみならず、次世代へと続きますし、過去から現在、未来へと広範囲に及びます。
「我慢は美徳」から来る不満や怒り、苛立ちなどをなかったことにして、抑え込むのは限界があります。
押し込めてしまえば、自分が感じることに鈍感になります。
自分がどうしたいのかを引き出せなくもなるので、自分を守ることもできなくなります。
言う必要のあることを伝えられなければ、境界線を踏み込まれるので、対人関係もうまくいかなくなる。
体や心に異常をきたしたのを機に、大きく膨れ上がった問題に対峙するのは負担が大きいので、「何かがおかしい」「頑張ってもうまくいかない」と思ったら、早い段階で手を打つ必要があるのです。
他人軸から自分軸へ軌道修正してやりたいことをやる
Uさんの内側を、根本から変えるには、ヒト・モノ・コトに対応する際に顔を出す「我慢は美徳」から来る他人軸の癖に気づき、これではうまくいかないとわかった上で、自分軸の「どうしたいのか」に沿って必要な対応を取る、軌道修正を積み重ねること。
一回のセッションで何もかもわかったり、手を打てたりする訳ではないので、段階的に取り組みを進めつつ、軌道修正の土台を作っていきました。
Uさんのトラブルが生じた事例に沿って、EFTタッピングをしながら、いわゆるネガティブを呼ばれる感情や思考をありのまま認めることで
- 自分軸の「どうしたいのか」を尊重する(尊厳を守る)
- 自分と他者の違いを尊重する(自分と他者の尊厳を守ること)
こと。
自分と他者の尊厳を守るとは
自分軸の「どうしたいのか」を尊重することで、対人関係において
- 言う必要のあることが何かをわかって相手に話す
- 聞く必要のあることを、まずはそのまま聞く
- やる必要のあることが何かをわかってやる
こと。
これらの取り組みを通じて、Uさんは、小さな成功や、軌道修正の経験を積み上げていたのでした。
自分の内側の軌道修正は、誰もやってくれません。
自分がやるしかないのです。
他人軸の積み重ねによる影響の広がりに気づくと、あれもこれもやらなきゃ・・と焦ったり、気持ちが落ちたりしてしまうこともあります。
でも、他人軸を積み重ねた状態とは、まだ表に出せていない能力や魅力を発揮することでもあり、変化の可能性をたくさん秘めているということでもあるのです。
冒頭で触れましたが、Uさんは、聡明かつ活動的な方です。
普段の生活は、軌道修正の宝庫であり、ご自身の持ち味や魅力を発揮したりする、チャンスの連続。
Uさんのトラブルが生じた、数々の事例に沿って、ネガティブな感情をどんどんありのまま認めるうちに、彼女の中で変化が生じました。
他人軸から自分軸へ軌道修正を積み重ねたUさんの感想
以下Uさんの感想です。
以前は、周囲に対し、言う必要のあることを言わなくてはいけない場面で口をつぐんでいました。
言っても通じないことが多いと感じていたし、実際に言ったことを間違っているとも言われていました。
(EFTタッピングの)セッションを通じて、自分が思っていることと、他の人が思っていることは違うんだなと気づきました。
以前は、他の人の言っていることが正しくて、自分が間違っていると思っていました。
でも、何度もタッピングをするうちに「じゃあ、自分が間違っている訳じゃないなら、言ってもいいんじゃないかと思うことが増え、実際に伝えてみたら、思いのほか話が通じることもわかってきました。
相手から何か(自分とは違う意見など)を言われると、しゅんとなってしまうこともあります。
でも、相手は、相手の意見を言っているだけ。
私を否定している訳ではないと、区別をつけられるようにもなりました。
みつるさん、何回か(タッピングを)やっているうちに「うまくいかない癖(他人軸)」がわかるようになると話していたでしょう。
いつも同じ所に戻ってくるんです。
何回もタッピングをするうちに、自分でも今、昔の悪い癖(我慢は美徳と捉えて、自分は間違っているからと口をつぐむ)が出そうな気持になっていると気づくようにもなりました。
どつぼにはまりそうな自分が出てきてる時、肩の間辺りをトントンすると、ふっとわかる時もあります。
あ、また出たーー。
なんでこういうことを思っているんだろう。
あ、これはいつものパターンじゃないか。
言っても、だめなんだよねと思うけれど、ここで諦めたら、また我慢することになる。
(我慢するとうまくいくと思っていたけれど、うまくいかないとわかっているから)言ってもだめだろうけれど、もう一回やってみようと思うようになりました。
Uさんは、ご自身で他人軸の癖に気づいて、立て直しができるようになっていたのです。