自分の強みってそもそも何なのかと聞かれたら、「日々、自分の欲を扱い続けたことによって生じる、自分らしさの一つ」と答える、アイホージュの伊藤です。
今日は、EFTタッピングの積み重ねによって、仕事や収入に結びつく個人的な「強み」を発見した私のエピソードを交えて紹介します。
EFTタッピングの積み重ねで気づいた自分の強みとは
EFTタッピングを積み重ねて数年が経つ頃に、過去を振り返りながら、気づいた自分の一つの「強み」。
それは、私の世界が「文通」や「書くこと」によって広がり、今もなおそうであること。
何の気なしに続けていた文通や発信は、私にとって、ごくありふれた日常の経験であり、これが仕事や稼ぐ強みとなるとは、思いもしませんでした。
強みと言うなら、文章を書くことが得意なの?と思うかもしれませんが、自分の感覚的には、全然そんな風には感じないのです。
だから、EFTタッピングをしていなかったら、これが「強み」だとは思いもしませんでした。
文通によって世界が広がる
幼稚園児だった私の、最初の文通相手は、札幌に住む祖父母。
成長するにつれて文通の対象は、友人へと変わって行きます。
小学校高学年の時、ガールスカウトの大会に参加し、県内の同学年の友達ができて、三人と文通をし始めました。
その友人の友人から、一度も会ったことがないのに手紙をもらい、文通が始まり、翌年の大会で初めて会うなんてこともありました。
高校生になると、文通相手は県内に留まらず、全国・国外へと広がって行きます。
二年の時、長野の戸隠で行われた、ガールスカウトの高校生部門の国際キャンプに参加し、一緒の班にいたうちの六人と、フィリピンから来ていた一人とやり取りをするようになりました。
秋に修学旅行で韓国に行った時、女子高での交換会があり、一緒になった二人とも文通を始めました。
三年になった時、国際キャンプの準備委員になったことで、文通相手はさらに増えていきます。
夏から秋頃にかけて、毎日誰かから手紙が届くようになり、私のお小遣いは、レターセットや切手に消えて行っていました。
後にお付き合いしていた人や、普段一緒にいる友人、十数年会わなかった伯母などに手紙を書くようになるのですが、27歳の冬、パソコンを購入したのを機に、文通の手段にメールが加わります。
冒頭で、私の世界を広げたと書きましたが、「文通」や「メール」は、人生を変えるきっかけにもなっていたのです。
発信で自分の世界が広がる
アイホージュを立ち上げてからは、ウェブサイトを通じて、不特定多数の方に、ブログ記事を発信をしています。
周囲からの反応があろうがなかろうが記事を書き続けるのもまた、過去に取り組んでいたことでした。
小学四年の時に新聞係になり、毎月記事を書いて先生に印刷してもらい、それをクラスの女子一人一人に配ったり、短大の時に、ガールスカウトで、毎月の団便りを発行したりしていたのです。
自分軸教習所は、大人の女性を対象にしていますが、他人軸から自分軸への軌道修正術は、下記の記事で触れた、αさんとβさんに向けの内容です。
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「頑張りが、現状を変えることに結びつかない」ことに悩み、ご自身に合う情報を探していらっしゃるであろう、αさんとβさんへ、親愛の気持ちを込めて発信しています。
文通や発信は親愛の証
私にとっての文通や発信は「親愛の証」です。
これも、EFTタッピングの積み重ねで気づいたことなのですが、嫌いとか、どうでもいいとか思っている誰かに向けて、発信したり、やり取りをしようだなんて思わないですものね。
仕事に結びついていた強みが自分に教えてくれたこと
私が、アイホージュでEFTタッピングを提供するにあたり
必要なタイミングで、必要なやり取りを、必要なだけすれば良い
取り組んだことを、ご自身の生活に活かして下されば良く、アイホージュに来たことは忘れて構わない
と思っているのは、文通や発信を続けていた影響が大きいです。
振り返ると、いろいろな人と文通をしたり、多数の人に向けて発信したりしてきましたが、進学や就職、結婚、出産など、生活が変わるタイミングで、終わることもよくありました。
「やめよう」と言葉を交わすことなく、どちらともなくやり取りが途絶え、疎遠になる。
自分は続けたいと思っても、返信が来なくなる。
反対もまた然り。
これらは、リアルな関係でも同じ。
自然な流れであり、お互い様と思っています。
でも、疎遠になり、数年、十数年、二十数年と時が流れてから、関係が復活することがあります。
プライベートでも、EFTタッピングのクライアントさんとの間でも起きることなのですが、このような場合は、「途絶える」ことに意味があると思っています。
時間の経過による熟成が必要であり、それを経て強みが強化されたり、世界がさらに広がるのだと捉えています。