誰かの言動に傷ついた。
周りの人に話したら、そんなこと気にしないほうがいいとか、忘れなさいとか、もう終わったことでどうでもいいじゃない、などと返ってきた。
自分でも、気にしないようにしている。
口では、「もうどうでもいい」と言っている。
でも、本心では気になって仕方がない。
思い出しては、苛立ったり、涙ぐんだりしている。
このような時、あなたはどのような対応を取りますか?
そんなこと気にしないほうがいいと言われても気になる時のEFTタッピング
アイホージュでは、気にしないようにするのではなく、思い出す度にEFTタッピングをすることをお勧めします。
なぜかというと、何度も思い出すということは、過去の自分が現在の自分を救済するためのヒントが隠れている可能性があるからです。
コツは、気にしないようにしているけれど、内心気になって仕方がないと感じるご自身をありのまま認めて、満たすこと。
気にしないようにしているけれど気になって仕方がない自分をありのまま認める
フレーズは、ご自分の気になって仕方がないと感じる時に生じる、体の感覚に合わせて作るのが一番良いです。
でもそうはいっても、どこから始めたらいいのかわからないと感じるかもしれません。
このような時は「出来事」を思い浮かべ、それに伴う、ご自身の内側の感覚に意識を向けつつ
あのことがとにかく気になって仕方がないと感じている自分をありのまま認めます
あのことを気にしないようにしているけれど、本当は、気になって仕方がないと感じる自分をありのまま認めます
というフレーズを口にしてみてはいかがでしょうか。
コツは、消そうとかなくそうとするのではなく、自分の感覚にトコトン寄り添うつもりで、ありのまま認めます。
七年同じことをありのまま認め気にし続けてみた
以前ブログ記事に書いたことがあるのですが、私・伊藤は、ある出来事を思い出す度に同じフレーズを使って掘り下げるEFTタッピングを、七年近くやったことがあります。
シツコイといったらそれまでなのですが、納得を求めていたので、自分の感覚に沿って同じことを繰り返した先に何があるのかを知りたかったし、サービスを提供する上で知っておいて損はないと思ったのです。
そこまでしなくても、七年もあれば忘れちゃうのでは?
七年もやるなら、EFTって何も効いていないのでは?と思われるかもしれません。
でも、これは、私にとって素晴らしい体験だったのです。
この体験を通じて私は「取り組みの積み重ねがなければ、絶対に辿り着けない場所あり、得られない物がある」と知りました。
繰り返しによって、それまで全然意識していなかったことに気付けたり、バラバラだった物事が一つにつながったり、必要な情報を引っ張りだせたりします。
なので、同じフレーズを使っているからといって、同じ場所でグダグダしている訳ではないのです。
積み重ねによって自分の内側から出た思い
ある日の夜、同じフレーズを口にていた時、唐突に自分の内側から
「もうさ、どうでもいいじゃない」
という思いが湧きました。
それ以降、この件については、本当にどうでもよくなりました。
自らの内から湧いたあの思いは、過去の自分の救済が終わり、前に進む準備が整った合図でもあったのです。
この経験から「どうでもいいじゃない」という発言は、自分の内側が満ちた時に生まれるものであり、周りから言われたり、自分を無理やり納得させようとしたりするためにあるのではないと知ったのです。